太平洋食堂

太平洋食堂旅行記

日時2012年08月02日      テーマ熊野・新宮・太平洋食堂

②風文庫~書庫嶽本 あゆ美

②風文庫~書庫

 その蔵書は圧巻でした。
湖北の駅、高月にある和泉山・清休寺のご住職・泉惠機氏が所有する風文庫という膨大な資料は、仏教と真宗に関する書物や資料を中心に、文学全集、叢書がこれでもかと並び、大逆事件と大谷派関係、アイヌ・北海道・沖縄関係に自然・植物関係までと広大なフィールドが広がってました。よく学生が卒論を書きにくるということですが、これだけ揃ってれば至れり尽くせりでしょうね。フン・・・・・

 私は大逆事件の資料収集に非常に苦労して、足掛け5年ほどあっちの図書館、こっちの図書館と巡礼を続けていましたが、国会図書館でフィルムの資料を読んでいて、目が疲れてクラクラ吐き気がした為、思わず「この資料は無かったことにしようかな」とイソップ物語の「キツネと酸っぱいブドウ」のような誘惑にかられました。そんな事は許されませんが、悲しいかな、内容の半分も読み取れませんでした。多分、探し方自体も下手だったのでしょう。2010年大逆百周年に近付くと、資料や古書の方からやってきて、私の周りでダンスを踊りだした感さえしました。その当時は、これで事実関係は網羅したかな?と自己満したのですが、昨年の新宮行きでドンガラガッシャンでした。でもまあ、一作書く事に神田の古書屋を空にしたという井上ひさし大先生の時代よりも、ネットで手軽に古書が買え、大学の蔵書がOPACで検索できるのですから文句は言えません。しかししかし「風文庫」に並んだ大逆関係の資料は垂涎ものでしたし、自分が沢山のランナーの中で今、どこを走っているのか?ようやく分かった様な気がします。多分、一周500メートルのグランドで、先頭の方はもう20周以上、一万メートル位なんですね。私はまだ二週目って感じでしょうか?その周回遅れランナーは、独力で走って来たのよ!という自負だけでゴールを目指しています。ふと気がつくとオリンピックも真ん中付近、開会式さえも見忘れていた私は、世間の回転についていけない古い天動説な女です。

 前の新宮編をお読みになった方には分かりますが、一応説明すると、大逆事件に連座して死刑判決や無期懲役になった僧侶は三人います。曹洞宗の内山愚童、臨済宗の峯尾節堂、そして真宗大谷派の高木顕明です。内山は死刑、後の二人は無期に減刑されましたが、その誰もが所属していた教団から擯斥処分(教団追放)を受けました。その後、獄中で峯尾は病死、顕明は自殺。顕明の家族は浄泉寺を追い出され、娘は芸者に売られ、顕明は自らが信じて実践してきた親鸞の教団から、僧籍はく奪と永久追放を受けての縊死だったわけです。顕明がした事は、教えにそって万民平等を実践する為①浄泉寺の被差別部落の門徒を支えたこと、②自分の信仰告白の書「余が社会主義」を書いた事。この②の中で顕明は、「極楽浄土に侵略という言葉はない」と非戦を誓い、日露戦争で戦争協力へと傾斜していく他の仏教者、所属する大谷派への「意義申し立て」をしたのです。これについての泉氏との対話は太平洋食堂改稿への大きなヒントを与えてくれました。

 文庫にいると、エーコの「薔薇の名前」を思い出しました。あっちはカトリックでこっちは仏教。凄まじい量の書物が堆積した空間は、どこか魂の永遠に通じるような異次元空間でした。
駸々と進むこの世界の中で、ここだけは揺ぎ無い「知の伽藍」となって、アドソならぬ私を取り巻いていたのでした。あ、もちろん殺人事件は起きてません。(続く)

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