太平洋食堂

「待ってました!」     坂手洋二

 嶽本あゆ美さんは〈劇作家協会戯曲セミナー〉第一期生である。「待ってました!」とばかりに飛び込んでくださった。こうした「第一期」は、積極性と意欲に満ちた、個性の強い人たちが集まりやすいものだ。確かにその同期生は、今やそれぞれのスタンスで演劇界で活躍している、傑物揃いである。なぜか女性が多い。その中にあって、頑固さ、一途さにおいて、嶽本さんは、群を抜いて目立っていたし、今もそうだろう。彼女の前作『クララ』を読んで、この、なりふり構わぬ猪突猛進のヒロイン像は作者自身の情熱と重なると、しみじみ思った。こういう人をまわりは放っておかない。彼女は瞬く間に演劇集団・円『オリュウノオバ物語』の戯曲化を手掛け、幸先のよいスタートを切った。

 嶽本さんの特徴は言うまでもなく、重量級の題材を相手にするところにある。歴史物が多く、現代物でも過去の出来事の積み重ねに立っている、含蓄あるものが多い。資料も膨大、登場人物も数多い。歴史上の出来事・人物を描くゆえ、制約もある。そこにオリジナリティを発揮させるというのは、並大抵のことではない。しかも普通の作家なら敬遠しそうな「難物」を素材に選ぶのだ。

 劇作家協会新人戯曲賞入選作『ダム』は、多くの審査員の激賞を受けながら、未だに上演されていない。珍しく現代を題材にしているが、あまりにも「問題作」過ぎるのだ。同じ熊本・川辺川ダムに取材した拙作『帰還』は、劇団民藝さんで、大滝秀治さん主演という枠を得て、企画が実現したが、昨今、確かにこうした題材で演劇をやろうという人は、少ない。劇作家協会としても、『ダム』が未上演なのは心苦しく、このたび「劇作家協会公開講座」のリーディングで、ようやく初めて舞台上で『ダム』の人物たちの台詞が発されることになった。

 そして、嶽本さんが五年近く暖めてきた最新作『太平洋食堂』が、劇作家協会が提携する座高円寺〈劇作家協会プログラム〉が今年から始めた「新しい劇作家シリーズ」のトップバッターとして登場する。〈劇作家協会戯曲セミナー〉の上級クラスである〈研修課〉の課題として、彼女が改稿を重ねる過程につきあったが、とにかく自分が描こうとする対象のスケールを決して縮めようとしない欲望の深さ、細かなディティールを簡単に捨て去ろうとしない執着の強さには、時折り呆れるほどだった。たいへんなエネルギーと意固地さである。私はもうこれ以上「もっと整理した方がいい」と助言しても無駄だと思い、彼女が気の済むまで改稿を繰り返し、自分で飽きるか諦めるのを、待つばかりであった。

 演出の藤井ごうさんは、一昨年から拙作『普天間』の演出を手掛けてくださって、同作品は今も国内を巡演している。若手と思っている人も多いが、幾つもの現場をこなしてきた手練れだ。そして、ハートがある。藤井さんが、この手強い嶽本戯曲をどーんと受け止めてくれることで、彼女はいろいろなことを諦める分量を可能な限り少なくしたまま、舞台上に『太平洋食堂』の世界を立ち上がらせるという「奇跡」に、立ち会うことができるだろう。そしてその「奇跡」は、たんに幸運によってのみ呼び起こされるのでなく、彼女の描く歴史上の事実の数々と同じように、関わる多くの人間の忍耐と受容の力によって実現するのだということを、さらに深く実感するだろう。そうした予言をしたくなるくらい、それほどに『太平洋食堂』は、多角的・重層的な野心作である。どうして彼女がそこまで頑固でなければならなかったのか、それが上演によって明らかになるだろう。現場に立ち会うわけでなく見守るばかりだが、今度は私たちが「待ってました!」と大向こうから声をかけることになるはずだ。

日時 2015年7月再開店決定!

会場 座・高円寺

太平洋食堂旅行記

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